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June 01, 2005

あるブログの閉鎖と、その波紋。

【はじめに】

この記事は、特定の個人に向けて書いております。 その方(かた)は、おそらく拙記事を読んではくれないでしょうし、関係者以外の方々が読んでも全く意味が分からないと思いますので、無視してもらって結構です。 今さらココに書いてもムダな気もしますが、あえて書きます。

【ブログの閉鎖に思う】

近ごろ、あるブログが閉鎖しました。 私は以前、その管理人とモメたことがありました。 私は、その管理人の心ない言葉によって傷つき、私もまた怒りに駆られて、相手に酷い暴言を吐きました。 互いに傷ついたのです。 非は私にあったので、その後、全面的に謝罪しました。
しかし、内心思っていたのは、「仲間に始末を頼むのは卑怯だ。」という悔しさでした。 せめて、1対1で向き合って欲しかった。
助けてくれる仲間がいるのは、それだけ人望があるからなのだろう。 僕は独りだ。 だけど、それでいい。 所詮、人は独りだから。

ブログの閉鎖。……それが管理人の出した答えでした。 その判断には私は何も言えません。 結果的には、本人のためにも良かったと思います。 ただ、これまであなたを助け支えてくれた仲間や常連の方々に対する答えが、「突然の閉鎖」だったということが残念でなりません。
あなたのために費やされた常連さん達の貴重な時間と労力を、どうか忘れないでいてください。

【常連に頼る人】

困ったことが起きるとスグ、「みんな」に頼ろうとする人がいます。
自身の責任を自分1人で解決できず、周囲に助けを求める人がいる。

助けてくれる「みんな」も、自分達仲間が数的優位な立場にいることを自覚しているので、変なヤツが来たら「みんな」でやっつける。
ああ、楽しかった。 みんな、ありがとう。 また変なのが来たら、「みんな」で退治しようね? ――操られていることをある程度感じていても皆、管理人に協力しておられたようです。

皆さん、請われて行っていたコトとは言え、援護という名の尻ぬぐいで管理人の責任能力を衰えさせていたのではないでしょうか。

【矛盾と確執】

やがて、「みんな」の中の一部の人達が、その管理人の矛盾に気づき始める。 そして徐々に確執へと変わっていく。

優しかった「みんな」に見放されて、独りぼっちになった時、管理人は、その孤独感を受け止めようとせず、自分がナゼ孤立してしまったのか静観して考えることもせず、次の新たな協力者を探し始める。

自分は一切変わらず、相手だけを替えようとする繰り返し。

新しい協力者は、優しく接してくれる。 自分を傷つけないでいてくれる。 優しい、嬉しい。

「自分は誰かを傷つけても、自身が傷つくのは絶対イヤなの。」

子供ですか? それとも、甘え?
言い逃れと情報操作と、他者への依存に終始してばかり。
発言の責任と、サイトを管理・運営する意味を理解してますか?

【無償で批判してくれる。それは、ありがたいこと。】

周りが「しょーがねぇなあ。」と対応してくれるウチはいい。 苦言を云って指摘してくれる人がいる間は、まだいい。 大丈夫です。

無視された時が本当の終わり。 完全に見限られた時にこそ、真の孤独が待っています。

それでも、まだ懲りずに、また新たな擁護者を探すおつもりですか? 実際、新しい相手に頼ろうとされてましたね? そこは駆け込み寺ぢゃないのに。 その新しいお相手は、ただ優しいだけでなく、厳しさを合わせ持つ方なのに……。 だからこそ、「良かった。」と言えますが。

いちど、独りになってみてはいかがですか? 物理的にではなく、ネット的・精神的な「独り」に。 心の中の波を静めるためにも。

そうしたら気づくハズです。 「わたしは孤独ではない。」と。
逆説的かもしれませんが、意外とそういうものです。

いつの日か、あなたがネットに戻って来ることができると良いですね。 その時は、他人のコトが少しは分かるようになっていて欲しいと願いつつ。

もちろん、私も精進しますよ。 お互いムリせずがんばりましょう。

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Comments

え?
そうなの?

Posted by: S嬢 | June 03, 2005 at 11:16 AM

「批判」のうちはいいんですけどね。
ある時を境に、単なる罵声に陥りやすいものです。
例え相手に対し建設的意見を提言していても、特定人物のブログを閉鎖に追い込むための記事を連立させて、「炎上する」事を喜ぶブログ主も決して少なくないですが、なんだかなぁ。

Posted by: えっけん | June 03, 2005 at 12:42 PM

S嬢さん

>そうなの?

S嬢さんはご存知なかったかもしれませんね。 あのトラブルは私にとって、とても勉強になった出来事でした。

・・・

えっけんさん

>ある時を境に、単なる罵声に陥りやすいものです。

そうなってしまうと、もはや批判ではありません。 と、私が言うのはおこがましいのですけれど。(汗)

>「炎上する」事を喜ぶブログ主も決して少なくない

波紋は収束せず、別方向へ広がりつつあるようです。 拙記事も1つの波紋です。 私は、「今は静かに待ちたい。」との思いを含めて当エントリを書きました。

でわでわ。

Posted by: TAKO | June 03, 2005 at 09:12 PM

>S嬢さんはご存知なかったかもしれませんね。

はい、知りませんでした。
わたし、あの方とのおつきあい、
まだ始まってから実は10日もたっていないんですよね。

その上で。
あなたは意識していない上でのことかもしれませんが、わたしは心を助けられました。
TAKOさんがわたしのブログの別記事のコメント欄に残してくれた一文と、そしてこの文章と。
あなたがそれを意識せずとも、あなたがわたしを助けてくれたことはこれで二度目ね。
ありがとう。

Posted by: S嬢 | June 03, 2005 at 11:03 PM

S嬢さん

>まだ始まってから実は10日もたっていないんですよね。

ホントは、私が先方を知っていることを「ずっと黙っておこう。」と思っていたのですが、突然の閉鎖に驚き、この記事を書いた次第なのです。

>ありがとう。

「黙っていて申し訳ない。」という気持ちはありました。 まして、S嬢さんから感謝されるようなことは、してないつもりだったので恐縮です。
ですが、そのお言葉、素直に受け取っておきましょう。 でわでわ。

Posted by: TAKO | June 05, 2005 at 01:25 AM

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