エヴァ最終話
最終話「世界の中心でアイを叫んだけもの」
エヴァのTV版26話、アレはいったい何だったのか?
先日の記事「BS2でマクロス祭り」でアナウンスしました、今夜放送予定のBSアニメ夜話に先駆けて、少し思い返してみたい。
ラストの大円団で終わるシーンは、「まるで、アヤシイ自己啓発セミナーの洗脳術みたいでイヤだ。」と言う人もいれば、「自己の存在を肯定したから良いのだ。」と納得する人もいます。 また、「最後の2話だけは、どうしても受け入れられない。」という方も多数おられることでしょう。
私は、ラスト2話も好きですし、全編おしなべて好きです。 印象的なのは第1話で、使徒襲来に備えて街全体が瞬時に戦闘モードに切り替わる時の雰囲気からして大好きです。 銀河連邦初代大統領ユング・フロイトの言葉を借りるなら、「あのあり余る緊張感、好きだわぁ。(はあと)」である。
では、各分野で活躍されているプロの目にはどう映っていたのか、以下に紹介したいと思います。 (出典元の確認はしてないので、あくまでWeb情報としてお読みください。)
~ KARAKURI POST BBS IIより引用 ~
モノをつくって商いをするには常に時間とカネの制約がつきまとう。今回モンダイとなったのは、どうやら時間のほう。放送時間分のフィルムを、時間の遅れを減らしつつ制作するためのあらゆるテクニックが駆使されるのを我々は目の当たりにしたワケだ。
漫画家の伊藤伸平さんは、時間の制約の中である程度カタチにしたガイナックスのスタッフ陣を一応は評価されているようです。 ただし、「プロとしてどうか?」と見た場合の意見は漫画家・あさりよしとおさんと一致します。
~ 同、あさりよしとおさんのコメントより引用 ~
あらゆるクリエイターは、その手掛けるメディアを駆使して客に「語ら」なければならない。「描く」事で関わらなければならない。その結果がどう転ぼうと、それが「金を貰って」「作品を作る」「プロフェッショナル」の「最低限」の「仕事」なのだから。ところがエヴァは最後の最後でそれを放棄した。
ちなみに、あさりよしとおさんは、第三使徒サキエルのキャラクターデザインなどを手がけておられます。 ですので、広義ではエヴァの制作側の人と言えます。
そして、興味深いのが、筋肉少女帯とエヴァンゲリオンとの間に関連性を見出した編集長・小黒祐一郎さんです。
~ 小黒祐一郎さんのコメントより引用 ~
最終回のラストの、補完されたシンジは幸福そうに見えた。だが、あれは現実だろうか。補完されたシンジの心象風景と見るべきではないのか。彼は既に自分の身体を失っているのではないか。あのシーンの偽善的な演出を思い出して欲しい。
だから、あの最終回はハッピーエンドでは、ない。
GAINAXキャラクターデザイン担当の漫画家・貞本義行さんの筋少好きが関係しているのか、それとも、エヴァの持つオカルト的な側面が筋少のサブカルチャー指向とシンクロしたのか、それは分かりませんが、大槻ケンヂさんの詩(世界観)で解釈する方法もアリかなと思いました。
~ 暴いておやりよドルバッキーより引用 ~
「やあ、みんな それは理想であって本当じゃないニャー
叶わぬ夢もあるんじゃないかニャー」
人はパンのみにて生きるにあらず。 (猫かと思ってよく見りゃパン しかも1斤 1斤)
かと言って、人間は理想論だけでは生きていけない。 だがしかし、夢を失っては無味乾燥の人生となるだろう。 人間の奥に潜む心の闇を暴いた時、そこに本当の「しあわせのカタチ」が現れる。と、ネコは云うのだろうか?
真実とは、人の心を傷つける。 合掌。
・・・
「暴いておやりよドルバッキー」は、アルバム「UFOと恋人」の収録曲です。 が、初期の筋少が好きな私としては、後期のアルバムはあまり好きではありません。 なので、いちおう、紹介だけ。
関連記事「エヴァ25&26話」
The comments to this entry are closed.


Comments