« 楽しい入浴 | Main | ネット小説の書籍化 »

March 16, 2005

自分探し

【空っぽの自分】

「自分」は一番近い場所にいるハズなのに、最も遠くに感じてしまうのはナゼだろう。

流行のブランドや話題のTVドラマ,噂のゲルマニウム,評判のレストラン,ケータイ,ネット,趣味のコレクション,クルマ・バイク,土地やお金など、身の周りのモノをすべて取り去った後、自分に残るのはいったい何だろう。

ふと、立ち止まって自分を見つめ直した時、空虚な自分がそこに居る。 いや、これは本当の私ぢゃない。 違う、そんなの認めたくない。

怖い。 何もない自分がもどかしい。

・焦って本を読み漁る。 自己啓発,心理学,哲学,etc. それでもなんだかピンと来ない。
・急いで友達に電話する。 買い物,カラオケ,食事,etc. やっぱり違う。 落ち着かない。
・時流のブログを開設する。 日記,私見・論評,自分語り,etc. もはや書くべきネタもない?

~ 川瀬のみやこ物語 episode2さんより引用 ~

早くも我々は「内面を語るべき」という重圧に疲れ始めているのではないだろうか。一方ではもちろん今も「自分語り(もしくは自分探し)」という衝動も抜きがたく(まさに)「内面化」しているわけだが。

私には「語るほどの内面」はなく、自分の教養のなさを承知の上で恥ずかしげもなく駄文を晒しております。 ま、黙っていられないからこそ、こうして書いてるワケです。 自己認識の手段として。

で、引用文について、自分探しには2種類あると思いました。 1つは内側にそれ(本当の自分)があるとする「ひきこもり型」、もう1つは外界に見出そうとする「放浪型」かな、と。 昨年、イラクで殺害された香田証生さんは後者でした。 どちらの方法が正しくて近道かなんて分かりませんけど、両方必要だと思います。
しかし、自分探しが人生の目的ではありません。 発見すべきは「自分の内面」ではないのです。

【本当の自分】

そうは言っても、会ってみたいのがホントの自分。

本当の私。 それは目に見えない。 それは鏡に映らない。

でも、1つだけ確実に言えることがある。

それは今、私がここに居るということ。 自分の存在を受け止めること。 自分自身を肯定すること。 私はココに居て良いんだと信じること。

空っぽの自分を認めること。 その上で、自身を見つめること。

自分を探して内面深く潜っていくと最悪の場合、発狂したり自殺したりすることがあります。 倫理観と集中力と素質があれば、深海の圧力に耐え、やがて高次の自己(ハイヤーセルフ)に出会えるやもしれません。 さらには、ヴェールを剥がれたイシスのように、この世界もまた全く違った姿を開示することとなるでしょう。 私も……(っとと、話が脱線してしまいました。本題に戻ります。)

本当の私なんていない。 今現在の私がすべて。

これから満たしていけばいい。 今から、心の隙間を埋めていけばいい。 そして、できるなら周りの人々を暖かくしてあげたらいい。 好きな人のところへ行って、抱きしめてあげたらいい。

時間はあります。 ゆっくり本を読むといい。 美しい音楽を聴くといい。 綺麗な絵画を観るといい。 近くを散歩するといい。 そして、空(そら)の青さを仰ぎ見るといい。

心の隙間を埋めるのはモノぢゃないのだから。

理想へ向かって焦らずに進んでいけばいい。 遠回りしていけばいい。

きっと神様は待っていてくださいます。 たましいの満たされた私を。

そして、あなたを。


空猫さんの記事「全部嘘?」を見て浮かんだ言葉を元に書いてみました。

〈2005.07.17 追記〉
注:空猫さんのブログ「空猫の存在証明」は閉鎖しました。


このエントリを読んで、単なる自己憐憫や自己愛だと思う人、または、「無知なヤツだ。」とか「宗教かぶれ!」「偽善者!」と罵る人がいるかもしれないが、それは構わない。

神は死んだ。 荒廃した現代人の手によって殺されてしまった。 しかし、神を亡き者にした張本人が実は教会や宗教家どもだったとしたら? 背後に為政者がいて、彼らにとって都合の良い「偶像」を広めるために神を殺したのだとしたら?

それでも、神はやがて復活する。 私の中に、人々の心の中に。

|

« 楽しい入浴 | Main | ネット小説の書籍化 »

Comments

こんばんは。
「オマエが言うな!」のS嬢です。
トラックバックを飛んだら、そんなフレーズを見つけて、また飛んでみました。

「自分さがし」ですが。
他者から見える自分を特に意識しているわけでもないのに、時々、他者から見える自分に息苦しい思いをさせられることがあります。
自分としては、自分の男のそばでふにゃふにゃとくっつきながら、「しょうがないなあ」とか言われて「にゃおん」とか言ってる自分がかなり好きですけどね。
結婚後、18年が過ぎましたが、未だに「にゃおん」「よしよし」ですわ。
わはは。

Posted by: S嬢 | April 15, 2005 08:57 PM

S嬢さん

>「オマエが言うな!」のS嬢です。

少し心配してました。 関係ない部外者(私)が口を出すワケにもいかないよなぁと空気を読み、ROMっていた次第です。 でも、やっぱり気になって、しんざきさんの所で触れてしまいました。 すみません。

S嬢さんの対処を「大人の対応」と呼ぶのでしょうね。

>時々、他者から見える自分に息苦しい思いをさせられることがあります。

社会性を重視しすぎてる風でもないのに、ペルソナが重荷になる事が時々ある。……ということでしょうか? それとも、実際に周囲から期待されている息苦しさですか? 文脈からは前者と読みました。
でも本当は、自分が気にするほど周りは自分を見ていないものですよね。 分かっちゃいるけど、やっぱり他者の目は(必要以上に)意識してしまいます。

>結婚後、18年が過ぎましたが、未だに「にゃおん」「よしよし」ですわ。

ごちそうさまです。(笑)

とても良いご関係と思います。 お互いにただ向き合ってるだけだったら、そんなに長くは続かないハズですから。 幸せそうで何よりかと。

私も、「よしよし」してあげられる相手に早く会いたいです。 でわでわ。

Posted by: TAKO | April 16, 2005 04:44 AM

>少し心配してました。

はい、感じました。
未知の方から心配されているということを「目で見た」こと、とてもうれしく、ありがたかったです。
ありがとう。

>S嬢さんの対処を「大人の対応」と呼ぶのでしょうね。

いやいや、結局のトコ、正直に「これっきゃできないもんな」という自分の意向に従っただけです。

「他者から見える自分」というものに、時々、「実像」ではなく、相手が思いたい「偶像」が混じっているのではないかと思う時があるんです。
その「偶像」に裏切られたと思われたり、嫉妬を感じられて攻撃を受けたりもします。
それでも、自分が自分であろうとすることに派生するものだったら、仕方ないかな、と思う。
そんな感じかな。

Posted by: S嬢 | April 16, 2005 08:53 AM

S嬢さん

>ありがとう。

いえいえ。 一度も会話していない未知の分際で口を挟むのはデリカシーがないと思い、黙っていただけなのに、そのように感謝されると恐縮してしまいます。

>正直に「これっきゃできないもんな」という自分の意向に従っただけ

それは実感として分かります。 トラブルに遭った際、ヘタに策を弄するよりも真正面から誠実にぶつかって(受け止めて)行ったほうが結果的にうまく治まる場合が多いような気がします。

>相手が思いたい「偶像」が混じっているのではないか

それはあると思います。 自分の「実像」は本人も分かってなかったりしますから、他人はなおさら偶像色(他者の中にある自分のイメージ)が濃くなるでしょう。

人は、多かれ少なかれ、相手の中にある「自分」を探して生きていて、虚像を変化させ実像に近づけようとするコミュニケーション作業を通じて、お互いに理解していくのかな、と。 テレパシー能力があれば話は早いのですけれど……。

他人から「お前は理解力がない。」とレッテルを貼られて落ち込んだり、逆に、相手を「私のことをすべて理解してくれている。」と勝手に思い込んで舞い上がったり。 それらを繰り返しながら、徐々に距離感を掴んでいって、他者との適度な間隔を学習し、自分自身の感覚を研ぎ澄ましていく。

他人とのおかしな馴れ合いはイヤですし、自分の殻に閉じこもるのもマズイ。 そこら辺のバランス感を養っていくには、実際に人と接するしかないのです。 が、今現在の私は少々ひきこもり気味です。 ニート + ひきこもり = もうだめぽ。

>その「偶像」に裏切られたと思われたり

それが単なる(相手の)妄想だったとしても、クレームを受けるのは自分なワケです。 かといって、黙ったままでいられるのも不安だし、陰で文句を言われるのも困りものだし。 「あなた、私のコトをどう思う?」って1人1人聴いて廻るのは不可能なので、正面から言って来てくれるほうがマシかもです。

芸能界のスターやアイドルは、ファン達の抱く「偶像」に常に応えていかなくてはならないから、ミッチーは大変だなぁと思います。 私は、及川光博さんのファンではありませんので、誤解なきよう。(笑)

>自分が自分であろうとする

♪僕が僕であるために 勝ち続けなきゃならない 正しいものは何なのか それがこの胸に解るまで (尾崎豊)

たまには負けてもイイけれど、自分まで失いたくはない。 人々が真実だと信じてやまないものが実は虚構だったとしても、それでも、私は私でありたい。

でわでわ。

Posted by: TAKO | April 17, 2005 03:36 AM

「しつこいな、またオマエかよ」
と思われたらどうしようと思いつつ、また参上。

↑。
静かにお話に耳を傾ける、って感じで読みました。
揺れた気持ちに静かにしみとおっていく感じ。

>それでも、私は私でありたい。

実感で「よっしゃー」です。
あなたがあなたでありたいままに出した言葉が、わたしはわたしでありたい気持ちに勇気を与えてくれました。
感謝。
そしてここにたどりついたTB網にも感謝です。

でわでわ。

Posted by: S嬢 | April 17, 2005 11:59 PM

S嬢さん

>勇気を与えてくれました。

それは良かったです。

>そしてここにたどりついたTB網にも感謝です。

コメントやトラックバックが良い方向に働いたということなのでしょう。

「いやぁー、トラバって、本当にいいものですね。」と、水野晴郎さんがシベリア超特急で語っておられました。(笑)  でわでわ。

Posted by: TAKO | April 18, 2005 07:16 AM

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack


Listed below are links to weblogs that reference 自分探し:

« 楽しい入浴 | Main | ネット小説の書籍化 »