« FM802的CD | Main | パトレイバー2 the Movie »

December 22, 2004

最後の通院

昨日(12/21)は心療内科への通院日でした。 そして、最後の通院となりました。

心療内科

職安から受け取った書類「就労可能証明書」に、先生から「就労できる」との診断結果を書いてもらいました。

これで医学上は「うつ病」が治ったことになるのだろう、たぶん。 独り寂しく、快気祝いを開くとしようか。

それでもまだ、ニートで負け組でパラサイト・シングルで引きこもり気味で昼夜逆転なのは変わらないのだけれど。

・・・

去年の年末ごろの症状はヒドかった。 頭痛がヒドくて、ダルくて体が動かない。 起きようとすると頭に激痛が走る。 体にチカラが入らない。 独身寮の部屋から一歩も出られず、何日も寝袋に入ったままだった。 自殺も考えた。 食べるものも無かった。 空腹で、このまま衰弱死しても構わないと思った。

無断欠勤。

でも会社からの連絡はない。 プロジェクトの関係者達はそれどころではなかったようだ。 思えば異常なプロジェクトだった。

連日の徹夜。 2~3日徹夜して頑張ったからと言ってどうにかなるような遅れではないのに、毎日の上(発注元)への進捗報告をごまかすために浪費される時間。 徹夜ぢゃなくても、退社するのは午前2時すぎの日々が続いた。 深夜の首都高を走る夜景をタクシーの後部座席から眺めることだけが唯一の楽しみだった。 ライトアップされた東京タワーが浮かんでた。

休日だろうが深夜だろうがお構いなしに社用携帯は鳴った。 休日、本屋で立ち読みしてたら電話の呼び出し「△△さんが来てないから連絡してくれ!お前も今から来い!」 仕方ないので会社へ向かった私。
午前1時すぎ、寝ようとしてたらプロジェクト・リーダーからの電話で「明日、朝から○○○に行ってくれ!」との命令。 頭にきた私は「明日は休みます。」と言ってケータイの電源を切った。

ある日、明け方に倒れた作業員がいたと聞いた。 救急車で運ばれる際、彼は痙攣していたという。

現場に顔を出した時、新人クンから「2日前から帰ってないんです。今夜は帰ってイイですか?」と聞かれた。 「早く帰れ!」と答える。 中には5~6日間帰ってない強者(つわもの)も数名いた。 「君は2徹(徹夜2日目)だから、まだ頑張れるよな?」と進捗管理の担当者が言う。 狂ってる。 完全にオカシイ。

作業が一段落したので、プロジェクト・リーダーに「今日は帰ります。」と告げた時、彼はおもむろにスケジュール表を手に取り「これは(今から)出来ないかな?」とプログラミング作業を要求してきた。 時刻は午前2時。 「モシカシテ、ココワ怒ッテイイトコロ?」と内心思ったが、「帰ります。」と強い口調で再度言って帰宅した。 その時、私の中で何かが壊れたのかもしれない。 と、今になって思う。

予兆はあった。 (2003年)11月にインフルエンザの予防接種を受けた直後、体調がおかしくなり病院のソファーで30分ほど横になった。 その時、先生から「徹夜明けで予防接種を受けるのは体に良くない。」と注意された。 それは、心も体も壊れる前触れ。

朝、目が覚めて、動けなくなっている自分がいた。 突然の金縛りに遭ったようだった。

既に3人ほど突然来なくなったチーム・リーダがいた。 私は4人目だろう。

心配させたくなかったから、田舎の母者に「仕事は忙しいけど、体調が悪くて時々休んでる。たぶん風邪かな。」とウソをついた。

本当は、ずっと部屋にこもっていた。 外に出られない。 誰にも会いたくなかった。

・・・

あの頃に比べたら、今はかなりイイ。 心も身体も。

ありがとう。

|

« FM802的CD | Main | パトレイバー2 the Movie »

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/48425/2338254

Listed below are links to weblogs that reference 最後の通院:

« FM802的CD | Main | パトレイバー2 the Movie »