恐いもの見たさ
ここ数日、グーグルやブログ等で検索されるキーワード・ランキングで多いのが、以下の語群です。
香田証生 拉致
香田証生 写真
香田証生 首
香田さん 殺害映像
映像 首
イラク 首 映像
イラク 拉致映像
つまり、上記のような単語で検索している人が多いということです。 世界で起きていることに関心がある証拠なのかな? それともグロ画像探し?
ネット検索が悪いことだとは言いません。 誰が何を検索しようと自由です。 ただ、人間が殺される姿を見たいという行為が単なる好奇心からだったとしたら、見た人は後ろめたい気持ちを抱くだろうと思います。
今回は日本人が悲惨な結果になりました。 同族が首を切断される映像をそんなに見たいですか? 恐いもの見たさ? 悪趣味な肝試し? (首切り映像を肝試しに見る行為は、原爆被爆者の写真を肝試しに使うのと根底は似ている気がします。)
見たい気持ちは理解できます。 でも決して、安易な気持ちで見ないでいただきたい。 覚悟があるのなら探して見てください。 サスペンス・ドラマやホラー映画を見るのとはワケが違います。 ただ、あえて誤解を恐れずに言うなら、彼の壮絶な死に様を見るのは意義があると思います。 そして、受けた印象・衝撃を忘れずに記憶に留めて欲しいものです。
~ AFISION!さんより引用 ~
僕は見ました。いわゆるグロ画像ならいくつか見たことはあったし、社会科の授業で原爆写真とかも嫌というほど見せられているのでそれほど意識せず何となしにクリック。
私も見ました。 ほぼ想像していた通りの内容でしたが、実際に見て、ショックを受けました。
以前の記事にも書きましたが、香田青年のとった行動は、理想・目的がなんであれ軽率だったことに違いありません。 ですが、だからと言って、あんな酷い殺されかたはないと思いました。
血で赤く染まった星条旗は、アメリカの同盟国である日本に対する死の宣告なのでしょう。 テロ組織は許されない野蛮人です。 しかし、単純に善悪論だけで片づけられない国家間の大きな問題があります。
彼の最期の映像は、胎児に悪影響をおよぼす恐れがあるので妊婦の方は見てはいけません。 ご遺族の方々も絶対に見ないでいただきたい。 非業の死を遂げた香田さんのご冥福をお祈りいたします。
The comments to this entry are closed.


Comments
はじめまして。私もうつもちで「心と体」カテゴリーの新着記事からたどって来させていただきました。
問題の映像、私も見てしまいました。見てすぐファイルをPCから削除しました。
ただ、一太刀でなくナイフのピストン運動で首が切断されたことを文字情報で目にしてしまい、「どれだけ苦しかったことか」と思っていた気持ちは、映像を見て少し(すごく不謹慎な言い方かもしれませんが)楽になりました。
香田さんは、最初の切り込みの一瞬顔をしかめますが、それ以降の切り離し作業(まさに「作業」という感じの手際でした)中は表情が変わらないように見えました。
最初に頚動脈を切断されて脳への血液の供給が止まり、意識が飛んだのではないかと思います。(そう思いたい気持ちも多分にあるかもしれませんが。)
だからと言って、多くの人が見ることは望みません。切断方法についての文字情報の流布を含めて、無責任に情報を広めることは避けて欲しいものです。
伝えられるべきは「テロで人が死んだ」事実だけで十分。それ以上の情報が興味本位で流れるのは「死」が身近でなくなった現在だからこそでしょうか。
Posted by: にゃん | November 20, 2004 12:31 PM
にゃんさん
まずは、コメントありがとうございます。
件の映像は「世の中には見てはイケナイものや知らなくて良いことがある。」ということの証しなのでしょう。 私も見て後悔しました。 でも逆に、見てしまったことが疑似体験となり、イラクの現実をより実感できたのも事実です。
ただ、コメントで気になった点として『切断方法についての文字情報の流布を含めて、無責任に情報を広めることは避けて欲しいものです。』と仰っているのに、ご自身が詳細な殺害描写を記述されていることに少し矛盾を感じました。
今、中高生の間で例の画像が「不幸の手紙」的な扱いを受けてケータイ等で広まっているそうです。 にゃんさんの危惧されている情報の流布は残念ながら始まっています。
『それ以上の情報が興味本位で流れるのは「死」が身近でなくなった現在だからこそでしょうか。』について、現在は死よりもむしろ「生」こそが身近でなくなっている気がします。
当該映像を見て後悔された方も多いようです。 重ねて、香田さんのご冥福をお祈りいたします。
Posted by: TAKO | November 20, 2004 11:10 PM
私としては「恐いもの見たさで見るとしたら、ちょっと違うよ」というニュアンスを描写に込めたつもりでしたが、不愉快に感じられたようでしたら、申し訳ありません。
私の場合は、文字情報で私のような描写を見ていれば映像自体見なかったでしょう。
「生」が身近でないことと「死」が身近ではないこととは表裏の関係だと思います。
「死は身近だが、生こそが身近でない」というのは、死を非日常に追いやって済ませられる、いわゆる先進国の子供の「現実」でしょう。
リアルでありながらザラザラの現実の写しにはしないハリウッド映画の伝統芸の手のひらの上にあればこその「死は身近だが、生こそが身近でない」という感覚であり、それはカギカッコつきの「現実」であって、現実ではない。
死でも生でも、ザラザラの現実は見て心地よいものではありえないと思います。
Posted by: にゃん | November 21, 2004 10:03 PM
にゃんさん
不愉快ではありませんよ。
ただ、にゃんさんのブログには当方へのリンクが張ってあったハズなのに、私が「矛盾してる。」と書いただけでリンクを削除するのは、ちょっとセコイかな。 せっかく、「リンクどうもです。」と感謝のコメントをしようと思っていたのに残念です。
さて、本題。
ハリウッド映画を引き合いに出されてますが(っていうか後半は何を仰りたいのか意味がよく分かりませんが)、映画は娯楽作品であって現実ではありません。 確かに、SFX技術によるリアル感はありますけど、あくまでバーチャル・リアリティ(演出効果)にしか過ぎません。 私は、仮想現実が真のリアルを駆逐するということを言いたいワケではないのです。(仮想と現実の区別がつかなくなっている現象も問題ではありますが。)
「死」よりも「生」のほうが身近に感じられなくなっていることについて
生きている実感、生かされていることの感動、自分が必要とされているという使命感、仕事をやり遂げた満足感。 今、それらを感じられずにいる人達は少なくないでしょう。 私もその1人です。 もちろん、それらを実感せずとも生きていけます。 でも、それで本当に「生きている」と言えるのでしょうか?
疎外感と閉塞感の漂う中で世界から拒絶された(と思っている)人々は、ひきこもったり鬱病になったり自殺したりしています。 自分探しの旅に出て「失った自分、本当の私。」を見つけようとする若者もいます。 香田さんはイラクで帰らぬ人となりました。 彼はもしかしたら最期に自分自身を見つけたのかもしれませんが、不運にも殺されてしまいました。
死よりも生が身近に感じられないことは大きな社会問題だと思います。 これは1998年以降、毎年連続で3万人以上の自殺者が出ていることと関連があるハズなのです。
まずは生きることが大事。 生きていなければ「生」を実感することはできません。 厳しい社会の現実を受け入れて、とにかく生きること。
毎日を明るく元気でニコニコして暮らしていれば、世界は優しく接してくれるハズ!と信じながら。
Posted by: TAKO | November 24, 2004 03:27 AM